2018年1月・山陽地方の旅(2)
2018年 02月 07日 (水) 06:20 | 編集
- 一日目(中編)・回天の島、大津島 -

やって来ました大津島。

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海辺を歩いてみると海がとても綺麗でのどかで…とてもかつて、「回天」なんて言う特攻兵器の基地があった、血生臭い場所とは思えません。

でも、船着き場の直ぐ側には慰霊碑。「回天供養」とあります。

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かつてこの島に、間違いなく「回天」の基地があったのですよね…。


さあ、まずは回天記念館へと向かってみることにします。回天記念館へは、船の着く港から歩いて10分ほど。途中、こんな風に開けた場所があります。

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今は小学校(ただし閉校しているらしい)がありますが、かつてはここにも回天の整備工場などがあったらしいです。


さあ、やって来ました回天記念館。

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建物の前には「回天」のレプリカ。

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そして「回天」の元となっている九三式酸素魚雷のエンジンが展示されています。

それにしても、魚雷にコクピットを付けて人間を載せて操縦させることで確実に敵艦にぶつける…まさに悪魔の発想としか思えません。戦争自体が勿論悲惨なものではありますが、その中でもこういった特攻兵器の類はなお一層悲惨なものだと、そう思います。


慰霊碑が建っています。

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こちらの鐘は、なんと戦艦陸奥の引き上げられた艦材で造られた鐘らしいです。


さあ、それでは中へ入って見学しましょう…なのですが、ここで異変が。




お、お腹が痛い…。




なんてことでしょうか…新幹線に乗ってる時も船に乗ってる時もなんとも無かったのに、ここに来て酷い腹痛が。前回の9月の旅行もそうでしたが、どうやら僕は旅行初日にお腹を壊すと言う変なジンクスに見舞われてしまった様です…w

と言うわけで館内へ入るやいなやトイレ直行w



さあ…気を取り直して館内の見学と参りましょう。

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基地回天隊の配置図。こんなにも多くの場所に回天の部隊を配置すると言う構想だったのでしょう。しかしこんな特攻兵器をたくさん配置して、それで本当に戦争に勝てると思っていたのなら…なんとも愚かなことだと思います。


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回天特別攻撃隊への志願者、その多くが二十代前半の若者だったことが分かります。兵学校出たてや予科練習生の若者達が、乗れば必ず死ぬ「必死」の特攻兵器に乗って戦場へ挑んでいく…なんとも無情で悲しいことです。


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回天母艦となった潜水艦、伊58の模型ですね。艦これでは彼女は回天のことを「アレ」呼ばわりして激しく嫌がっているのが分かります。


他には特攻隊員達の遺品や遺影、遺書などが多く展示されていました。

正直言うと昔訪れた、知覧の特攻会館ほどのダメージは受けませんでしたが、それでもやはり、二十代前半の若者たちの遺影が並んでいるのを見ると心にぐさっと来るものがあります…。

あとは遺書。遺書の類が「死にたくない」とかそういった悲壮感のあるものではなく、「祖国に勝利を」の様な勇ましい文面のものが大半で、それがより一層戦争の悲惨さみたいなのを表しているように感じました。

この時代はきっと、全国民が国の為に死ぬのが当たり前みたいになっていて、ある意味で洗脳されていると言うのか、そう考えるのが当然と言う感じだったのでしょう。世の中全体が狂っていたと言えるのかもしれません。

そう思うと…愛国心も良し悪しだなぁと、ちょっと考え込んでしまいますね…。


回天記念館を見学した後は、回天の訓練基地の跡を見に向かいます。

海辺の方へ歩くこと数分。こんなトンネルがあります。

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このトンネルを進んでいきます。

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トンネルの中には、回天や先の大戦にまつわる展示などもされています。また、トンネルの途中くらいまで来ると突然、音声による案内放送が流れ出すのでちょっとびっくりするかもしれません。

このトンネルを抜けた先に訓練基地の跡があるのですが、当時はこの整備工場から出した回天を訓練場まで運ぶのにこのトンネルが使われていたようですね。


トンネルを抜けました。先端にあるコンクリートの建造物、それが回天の訓練基地跡です。

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元はこの訓練基地、九三式酸素魚雷の発射試験場だった様ですね。


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訓練基地の跡までやって来ました。かつては多くの若者達が、ここから海へと回天を下ろし、そして自ら乗って沖合まで操縦する、そんな訓練を繰り返していたのでしょう…。

でも今となってはもう、そんなことがあったとは考えられない程に平和な、綺麗な海でしかありません。この平和で綺麗な海をいつまでも残すことが、今に生きる僕達の使命だと、そう思います。


かつてこの島で整備され、数多くの若者たちが訓練に臨んでいた人間魚雷「回天」。

もう二度とそんな兵器が造られることはあってはならないし、そんな兵器が必要となる場面に陥る様なことがあってはならないと、強く強く思います。

戦争だけはいけない。これには右も左も関係無いんだと、本当にそう思います。

そんなちょっとほろ苦い、大津島の訪問でした。

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